☆「張力」
骨には筋肉が付着しています。特に肩甲骨は、大小、多くの筋肉が付着しています。肩甲骨が腕の重さで動かされることで、付着している筋群に張力が生じます。張力とは、筋肉の収縮による力ではなく、伸ばされることによって生じる力です。
この、「張力」の働きがポイントです。
前回の肩甲骨の動きを思い出してみましょう。背骨と肋骨に寄りかかるような動き、専門的な言葉で言うと「下方回旋」及び「後傾」と言います。
肩甲骨がこのような動きをした場合、張力が生じる筋肉があります。その筋肉の一つに「前鋸筋(ぜんきょきん)」と「小胸筋(しょうきょうきん)」というのがあります。
この二つの筋肉を例に挙げて考えていこうと思うのですが・・・
その前に、筋肉の働きを確認しておきましょう。
一般的に、運動学は筋肉が収縮したときに関節がどう動くのか(作用)を基に考えられています。この「作用」は解剖学によって調べられたもので、人体が仰向けに寝て掌を天井に向けた状態を基準としています。
これを「解剖学的肢位」といいます。要は、仰向けに寝っ転がった状態で、ある筋肉を縮めた場合、関節がどう動くのかをまとめたものです。
これはこれで、意義深いものですが、そのまま運動に当てはめると問題が生じます。特に、下肢、実際の運動は足が床や地面に着いている場合が多いのですが、解剖学的な筋肉の作用は、寝っ転がった状態ですので足が固定されていません。これでは、実際の運動の場面と矛盾が生じてしまいます。
また、単体の筋肉の収縮による関節の動きなので、単純な動きが主体になります。そのため筋肉たちの協働が理解しにくいのです。
多くのトレーニング方法や、スポーツの動作解析などは、解剖学の筋肉の作用を基に説明されています。つまり、ある動きを強化するにはその動きに関わる作用を持つ筋肉を強くすれば良い、となります。
例えば、野球のピッチングで球速を上げるために、腕を振り下ろす作用を持つ筋肉の収縮力を強くすれば良い。となります。
また、ピッチングフォームにおいて、肘が下がっている場合。これでは球速も出ないし、肘や肩を痛める可能性もあるので、肘を上げるため腕を持ち上げる作用を持つ肩の三角筋の筋力(収縮力)を鍛えましょう。となります。
なるほど、もっともですね。となるのですが、実際に、筋肉を単体で鍛えて球速向上、フォーム改善といった効果が現れる例は実は希で、むしろケガにつながる例が多く見受けられます。
これは、人間の動作、パフォーマンスを筋肉の収縮力を主体で考えているからなのです。では、どうするか?
ポイントは骨です。
人間の動き、運動を見る場合は、筋肉の収縮によって骨が、関節がどう動くのかを見るのではなく、骨の動きを見るのです。骨、関節がどう動くか?
筋肉をメインに考えず、骨を中心に考える。
こちらに視点を変え、その上で骨、関節が動いたときに筋肉がどう引っ張られるか(張力)、骨の動きによって「張力」がどのように引き出されるかを主眼に考える必要があります。
一般的な運動の考え方と真逆の視点に立つことが求められるのです。
いわゆるフィジカルトレーナーなど、人の運動、トレーニング、フィットネス、スポーツ指導にかかわる場合、基本的な解剖学、運動学の筋肉の起始、停止、作用をしっかり押さえた上で、更に利重力身体操作法のポイントである
1・「筋肉」の動きではなく、「骨」の動きを見る!
2・筋肉の「収縮力」ではなく「張力」で考える!
という視点に立つ必要があります。
では、この観点から、肩甲骨の動きによって生まれる筋肉の張力の例を見てみましょう。
例1 前鋸筋(ぜんきょきん)
側胸部の筋肉です。起始は第1から第8肋骨(上部8本)の外側部で、腋の下、肋骨と肩甲骨の間を通ります。
停止は、肩甲骨の内側縁
解剖学による作用は、肩甲骨を前に引く、外方回転となります。
図で見ると、こんな感じになります。
つまり、前鋸筋が収縮すると起始と停止が近づくため、作用は、肩甲骨が前に引っぱられる。外側に開くように回転する。ということになります。
ここまでが基本です。筋肉の収縮を主体に見ています。
収縮ではなく、張力で見てみましょう。前鋸筋の張力を引き出すには、筋肉を伸ばすようにすればいいので、起始と停止が、近づくのではなく逆に離れるように考えれば良いわけです。
起始と停止が離れるには骨、この場合肩甲骨がどう動けばいいのか?と考えます。
先ほどの「作用」を思い出してみましょう。
「収縮」 起始と停止が近づく → 肩甲骨を前に引く 外方回転
でした。張力を引き出すには真逆に考えなければならないので、
「張力」 起始と停止が離れる → 肩甲骨を後ろに 内方回転
となります。肩甲骨が後ろに引かれ、内側に回るように動けば、前鋸筋に張力が生じます。
1・「筋肉」の動きではなく、「骨」の動きを見る!
2・筋肉の「収縮力」ではなく「張力」で考える!
骨の動きによって、筋肉の張力が引き出されるということになります。
さて、話を戻します。
上肢は、なぜ複雑な構造をしているのか?
一つ目の理由は、腕の重さを骨格で支えるため。
もう一つは、胸腰椎移行部に力を伝えるため。
腕の重さを骨格で支えるには、テコの原理によって、腕の重さで肩甲骨が
背骨と肋骨に寄りかかるように動かされることが必要でした。
この背骨と肋骨に寄りかかるような動きこそ、肩甲骨が後ろに引かれ、内側に回転する動きなのです。すなわち、前鋸筋に張力を生じる動きになります。ということは、腕の重さによって前鋸筋に張力が生じる。ということになります。
「張力によって・・・・」
前鋸筋の張力によって、何が起こるのか?
肋骨を、上(頭の方から)見てみましょう。
肋骨と胸椎で構成される胸郭は上(頭)方向から見るとハート型をしています。これは、肋骨の特徴的な構造で、背中側が角ばっているためです。
この部分を「肋骨角」と言います。
肩甲骨が背骨に寄ることによって前鋸筋に張力が生じ、肋骨を外側に開くように引っ張ります。
肋骨角によって力の方向が変えられ、胸椎に向かい、胸椎を前に押し出すように働きます。
このように、前鋸筋の張力と肋骨の形状により力が胸椎に伝えられるのです。
いかがでしょう?「収縮力」ではなく、「張力」で考えると筋肉の働きが、全く異なるのです。
次回は、次の例「小胸筋」を見ていきましょう。
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