#35 腹圧の話 その3 大静脈還流

 

重力に逆らって下肢から上がってきた血液は大静脈に集められます。
この大静脈中の血液はどのようにして心臓に帰ることができるのでしょう?

 

 大静脈の血液を心臓に帰すには、まず、心臓のポンプ作用があります。この場合、血液を押し出す力ではなく、心臓が拡張したときに血液を吸い込む力の方が働きます。ですが残念ながらこの力は、そう強いものではありません。


 そこで登場するのが「呼吸」と「腹圧」になります。
 
 まず、呼吸がどう関わるのかを見ていきましょう。


 人間の胴体部は横隔膜によって上下に分かれています。

 

上部の部屋を「胸腔」下部の部屋を「腹腔」と言います。横隔膜には食道、大動脈、大静脈が通る穴が3つだけ開いているだけで、胸腔と腹腔は横隔膜によって完全に密閉されています。

 


 胸腔内の気圧は外気、腹腔よりも常に低い状態にあります。これを「胸腔陰圧」と言います。

 

空気も水同様、高いところから低いところに流れます。気圧の高い処から低い処に流れようとします。

 


 息を吸う、つまり胸郭を広げると薄い空気が入っている胸腔という入れ物が大きくなります。

胸腔内の空気の量は変わらないので気圧がさらに下がります。すると気圧の高い外気から肺の中に空気が流れ込んで来るというわけです。

 

 

 ここで勘違いしやすいのが「肺の中」と「胸腔」は違うということです。胸腔とは肺の外側、肺を包んでいる壁と肺との間の空間を言います。

肺の中は外気と同じですから陰圧にはなりません。


 


 もう一つ勘違いしやすいのは、肺が大きくなるから空気が入るのではないということ、あくまで周りの胸郭が広がり胸腔の容積が大きくなって気圧が下がるから気圧の高い外から空気が流れ込んでくるのです。

肺自身は自分で動くことができません。

 


 それを踏まえて、胸腔と腹腔と外気の関係を見てみると・・・

 


 まさに一石二鳥!


 胸腔の陰圧が大きくなることで、肺への吸気と大静脈還流を同時に行っているのです。

人間の身体は本当に良くできています。

 

 大静脈内の血液が引き上げられる例は、ストローの刺さった牛乳パック。
 ストローを吸わないで息を吹き入れると中身がストローから吹き出ます。この現象と同じことが起こります。


 つまり、息を吸うことによって胸腔内の気圧が下がり、ストロー効果で大静脈内の血液が引き上げられるのです。
 しかし、残念ながら、この力だけでも十分に大静脈内の血液を引き上げることができません。

 

 続いて登場するのが「腹圧」です。


 正しい姿勢が取れて、息を吸うと横隔膜が下制して適正に腹圧がかけられます。すると内臓とともに大静脈が圧迫されます。息を吐くと腹圧が緩んで大静脈への圧も緩みます。この圧の緩急によってポンプのように血液を上に送り出すのです。


 四肢の筋肉が行っている「ミルキングアクション」と同じ働きです。

 このように息を吸った時の腹圧によるポンプ作用と胸腔陰圧増によるストロー効果の合わせ技によって大静脈中の血液が心臓に戻ることができるのです。

 

 姿勢が悪く、横隔膜が下制しない腹圧を適正にかけられない呼吸、いわゆる胸式呼吸の場合、腹圧によるポンプ作用が働かず、ストロー効果のみで大静脈の血液を引き上げることになるため心臓に血液を戻しきれません。


 心臓に戻り切れない血液が渋滞を起こして溜まってしまいます。

大静脈の血管壁は柔らかいので膨らんで血液を貯めこんでしまいます。
 帰ってくる血液が少ないのですから、心臓がいくら頑張っても血流量を増やすことができなくなります。


 全身の血行動態が低下してしまいます。血流量低下は体に深刻な影響を及ぼします。


 酸素や二酸化炭素の運搬だけでなく、栄養素、老廃物の運搬能力も低下することで筋肉や内臓諸器官の働きが低下します。

血流量の減少は基礎代謝も下げます。太りやすい、冷え性といった状態に陥りやすくなるだけでなく、免疫機能の働きも低下してしまいます。


 大袈裟ではなく、この状態が長年続けば各種疾病を患いかねないのです。

 腹圧を適正にかけるには、胸郭が広がった正しい姿勢がとれ、横隔膜が下制する、いわゆる腹式呼吸が自然に行われることがポイントになります。


 そうすれば、腹圧によるポンプ作用と胸腔のストロー効果によって大静脈の血液をしっかり心臓に戻すことが可能になり、心臓と血管の働きによって十分な血液を身体の隅々まで行き渡らせることができます。


 筋肉も内臓諸器官も活発に働くことができ、疲労しにくくなります。当然新陳代謝が上がります。


 血流が良くなることが身体にとって、どんなに有益なことか、全て挙げなくてもお解りいただけるでしょう。

 

 腹圧が大事!


 とは、体幹部が安定する。姿勢が良くなる。腰痛予防。ウエストが引き締まる。
 そんなものではなく、本当の大切さはここにあるのです。

 

 東洋医学では、こんなことを言います。


「気を取り込み丹田に気を集めると全身に気血が廻る」 
現代風に言いますと


「空気(酸素)を取り込み、腹式呼吸によって適正に腹圧がかかれば、

血行動態が促進され酸素や栄養素が全身に行き渡る」といったところでしょう。        
 健康を維持促進するための基本的考え方です。


 以上のように、呼吸、血流、腹圧は、三位一体であり、その機能を十分に発揮させるには「正しい姿勢」必要不可欠ということなのです。
「正しい姿勢」の重要性がお解りいただけると思います。

 


※「正しい姿勢」については、「利重力身体操作法 静的動作(姿勢)編」をご覧ください。

 

 ここで問題になるのは逆転の発想、腹圧をかけるようにトレーニングすると姿勢が良くなるのか?」


 確かに、適正に腹圧をかけるには姿勢が良くならないとできないので、腹圧をかけるように練習をしていくと、姿勢が改善される可能性はあります。
 ただ、腹圧→姿勢改善へと必ずつながるものなのでしょうか?

 

 正しい姿勢をとるには身体の各関節のアライメント、可動域、特に肩甲骨や股関節、胸腰椎移行部の可動がある程度保たれている必要があります。よって元々柔軟性がありコツさえつかめば正しい姿勢が取れる人ならば、腹圧をかけるトレーニングによって姿勢が改善される可能性はあるでしょう。


 ただし、正しい姿勢をとるための十分な関節可動域がない人の場合、どれだけ腹圧をかける練習をしても姿勢改善につながる可能性は低いと言わざるを得ません。
 つまり、効率的に考えるならば、まず正しい姿勢が取れるかどうか?を判断する必要があります。


 正しい姿勢をとることが困難であれば、身体の状態を改善することが最優先事項となります。その上で腹圧をかけるトレーニングを併用するという、両方向からのアプローチが基本的な流れとなるでしょう。


 しかし、だからと言って腹筋群、横隔膜の筋力で腹圧を無理やりかけることは、正しいやり方なのでしょうか?

 ここまでお読みいただいた方はお判りだと思います。腹筋群や横隔膜の筋力で無理やり腹圧をかけることは自然で適正な腹圧のかけ方ではありません。


 正しい姿勢とは、骨格で支えられ筋力を極力使わずに済む楽なものです。常時腹筋群に力を入れているような状態は「正しい姿勢」の考え方に当てはまりません。


 腹筋が疲労するだけでなく、逆に姿勢が悪くなってしまいます。
 腹筋群の「収縮力」ではなく「張力」によって内臓を支えるという考え方が重要になります。

 

 ただ、筋肉は使われないと衰えてしまいます。横隔膜も筋肉ですので、使われないと衰えてしまいます。


 例えば、姿勢の悪い状態が長年続いた方や、運動経験が少ない方、運動の習慣がない方は横隔膜の筋力や柔軟性が低下して、大きく動かせないケースがあります。
 その場合は、横隔膜を動かすトレーニングとしてドローインやブレイシング、ロングブレス等を利用することは有効でしょう。


 ここで注意が必要なのは、それがそのまま腹圧をかける適切な方法かといえば、「違う」ということです。
 重力を利用した正しい姿勢が取れ、横隔膜の下制、内臓の重量、骨盤の形状、腹筋群の張力、これらの相互作用によって腹圧がかかることが重要であるという観点からズレてはいけないのです。

 

 

 このように、腹圧、呼吸、姿勢のメカニズム、解剖学的理解をしっかり押さえることで、適切なアプローチが可能になります。
 腹筋の柔軟性と姿勢には密接な関係があるとともに、大静脈の血流促進、ひいては内臓の働きにまで影響を及ぼします。


 体幹部の安定、腹圧をかけるといった目的で、腹筋群の筋力で「固める」方向で使っていくと腹筋群の柔軟性が低下し、肋骨と骨盤を引っ張り、猫背になりやすくなってしまいます。

 余談ですが、筋力で固めるのではなく、腹圧によって張力を引き出すという腹筋の解釈は、中国や日本の古武術で昔から唱えられていることで、現在のボクシングのように腹筋を固めてボディを防御するのではなく、この腹圧を自在に操り、瞬間的に圧を高めることで姿勢を崩すことなく相手の打撃の衝撃を腹筋群全体に分散させることが出来ます。

 

腹筋群の走行が縦、横、斜めに走っていることを思い出してみてください。
 腹筋に力を入れて打撃を受けると一瞬背中が丸くなります。威力のある反撃に転じるためには、一度姿勢を立て直す必要があり、攻撃が遅れてしまいます。

反撃に移るには姿勢を立て直す必要がある。

 

姿勢が崩れないので、即反撃!



 姿勢が崩れず打撃を受けることができれば、相手の打撃を受けた瞬間、そのまま反撃することができます。これが攻守一体の身体動作ということになります。

 まとめますと、


 正しい姿勢が取れないと適正に腹圧をかけることができません。
 また、適正に腹圧を掛けようとするならば、自ずと正しい姿勢をとらなければならなくなります。

 

 つまり、腹圧を高めれば得られる利点とは正しい姿勢を身に付けることと同じことなのです。


 正しい姿勢が取れれば、体幹部が安定します。競技パフォーマンスが向上します。ウエストも細くなりスタイルも良くなります。

腰に負担がかからないため腰痛も改善されます。適正に腹圧がかかり静脈還流が促進されるので代謝も上がります。


 何より健康増進に多大な効果をもたらしてくれるのです。

 単に「腹圧」だけに注目するのではなく、上記のようなメカニズムを知ることで、より多面的に有効なアプローチができるのです。

 

 ここまで話をこねくり回して、結局何が言いたいのかというと、


   「姿勢が大事」・・・・これだけ・・・


 ただ、では正しい姿勢とはどういう状態なのか?
 正しい姿勢の理解が、身体を語る上で何よりも重要であるということなのです。
 しつこいようですが、正しい姿勢については、
 「#8 静的動作編 立位姿勢」 「#9 正しい姿勢とは?」
 以降をお読みいただければ幸いです。

 

次回は、「呼吸」と「動作」について・・・

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