2・重力を利用した脚の基本的な使い方・・・・・・
人間は、直立二足歩行です。立って行動します。
必然的に座った状態、しゃがんだ状態から立ち上がらないといけません。
よって、低い姿勢から脚を使って立ち上がる筋力は、スポーツ、競技で重視されるだけでなくQOL(生活の質)の向上にもつながるとされています。
それだけではなく、膝の痛みに対する予防やリハビリテーションにおいても膝周辺の筋力強化の目的でスクワットトレーニングが用いられます。
負荷を軽減するためには、重りを使わず、自重で行ったり、椅子からの立ち上がりを反復したりする場合もあります。
上の写真で見てもお分かりの通り、膝が深く曲がった状態から膝を伸ばすことによって立ち上がるという解釈です。よって、膝を伸ばす筋力が強ければ、能力が高いという理屈になります。
膝を伸ばす筋肉で最も有名なのは、大腿四頭筋です。太ももの前側の筋肉です。
この筋肉を強化すれば、膝を伸ばす力が強くなり、歩く、階段を昇る、立ち上がりが楽になり、膝への負担軽減となり、傷害の予防、競技パフォーマンスも向上する。ということになります。
本当にそうでしょうか?
「いやいや、さすがにこれは否定できないでしょう。誰でも知っている常識ですよ!」と思われるかもしれません。
もしかして大腿四頭筋を鍛えることが身体にとってプラスにならないかも。いや、プラスどころか、マイナスに働いてしまう可能性は考えられないでしょうか?
「膝を伸ばす筋力を強くしてマイナスになることなんてあるわけない。」という意見もあります。
確かに、「筋肉は裏切らない」といいますが、どうなのでしょうか?
※大腿四頭筋(だいたいしとうきん)
太もも前面の筋肉です。膝を伸ばす筋肉です。
走る、階段を昇る、自転車をこぐ、中腰で構える、ジャンプする、蹴るといった膝を使う動きに深く関与しているため、大腿四頭筋のトレーニングは競技力向上、リハビリ、ダイエットなど幅広く取り入れられています。
つまり、4つの筋肉の総称です。
大腿直筋(だいたいちょっきん)
外側広筋(がいそくこうきん)
中間広筋(ちゅうかんこうきん)
内側広筋(ないそくこうきん)の4つです。図参照
大腿直筋だけ骨盤から始まり、股関節、膝関節をまたぎます。
このように複数の関節をまたぐ筋肉を「多(二)関節筋」と言います。
他3つは大腿骨から始まり膝関節をまたぎます。
このように一つの関節しかまたがない筋肉を「単関節筋」と言います。
大腿四頭筋の起始(起始とは、筋肉の始まる場所)
となります。
大腿四頭筋の特徴は、起始部が4つもあるのに対して停止部は一か所であることです。
停止は、膝蓋骨(膝の皿)に着き膝蓋腱となり脛骨粗面に止まります。
よって、大腿四頭筋が収縮するとその作用は、
大腿直筋だけ股関節を曲げることに関与しますが、4つの筋肉の共通の仕事は膝を伸ばすことです。
☆大腿四頭筋による立ち上がり
では、大腿四頭筋の強力な力で椅子から立ち上がった場合、膝関節に何が起こるのかを見ていきましょう。横から座っている状態を見ています。
この状態から大腿四頭筋の収縮により膝を伸ばして立ち上がります。
大腿四頭筋が強力に収縮します。お尻が座面から離れると、全体重が
のしかかってきます。
この時、膝関節にはどのような力が加わっているのでしょうか?
まず、大腿四頭筋の力で膝蓋骨は膝関節に強烈に押し当てられロックします。膝蓋骨のロックによって、膝の関節はテコと化します。
構造上、膝関節は第2のテコになります。くるみ割り器などに使われるテコです。作用点にクルミを置いて割るわけです。
この場合、作用点はどこになるかお分かりになるでしょうか?
そうです!膝の関節面になるのです!
大腿四頭筋の強力な筋力と全体重が膝の関節面に集中してしまうのです。
この動作で立ち上がり、階段昇降を繰り返せば、膝の関節面は相当なダメージを受けてしまいます。
半月板、膝関節の軟骨がどんどん擦り減ってしまいます。最終的に「変形性膝関節症」となってしまう可能性が非常に高くなってしまうのです。
更に、問題があります。
姿勢編でお話したように、膝関節は顆状関節です(#16 2本の骨で身体を支えるには・・・参照)。お皿の上にボールを乗せたような関節で、捻じれたり、滑ったりと可動性が高い関節です。大腿四頭筋で立ち上がりを行うと、顆状関節の利点を活かし切れないのです。
どういうことでしょう?
それは、大腿四頭筋の特徴にあります。
4つの頭を持ち、収束し一点に終わる形状です。この形状で膝を伸ばしていくと直線的な関節の動きになります。
つまり、せっかく関節の構造では、捻じれたりできるのに、真っ直ぐしか動かせないということなのですが、なにが問題なのでしょう?
なぜ膝関節が顆状関節なのか? それは、膝の動きは曲げ伸ばしだけでなく、捻じれたり、前後に滑ったりといった動きをすることが前提となっているためです。
ここで、膝周囲の靭帯のお話をしましょう。
4つの靭帯
膝周囲には、強靭な靭帯が4つあります。
内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)
外側側副靭帯(がいそくそくふくじんたい)
前十字靭帯(ぜんじゅうじじんたい)
後十字靭帯(こうじゅうじじんたい)
膝の両脇についている内外側副靭帯は、膝関節の左右へズレないようにしています。
後十字靭帯は、すねの骨が後ろにズレないようにしてくれています。
前十字靭帯は、すねの骨が前にズレないようにしてくれています。
このように4つの靭帯は、膝関節の安定に重要です。
では、大腿四頭筋の筋力によって直線的な動きで立ち上がった場合、
何が起こるのでしょうか?
大腿四頭筋が収縮すると停止部が起始部に近づこうとします。この場合、すねの骨を持ち上げようとします。
すると、大腿四頭筋の強力な力で、すねの骨が直線的に前に引っ張られます。ある靭帯に強烈にテンションが掛かってしまいます。
それが「前十字靭帯」です。
例えば、バスケットボールなどのプレー中、大腿四頭筋の筋力で中腰姿勢の構えをしている場合、持続的に前十字靭帯にテンションが掛かり続けます。そこへ、ジャンプした他のプレーヤーが上から不意に落ちてきたとしましょう。
大腿四頭筋を多く使えば使うほど、関節の軟骨が擦り減り、筋力を上げるほど前十字靭帯断裂の危険が増す。
いかがでしょうか、筋肉を鍛え強化した結果、パフォーマンスが上がるどころか傷害につながりかねないことになってしまうのです。
これは、大腿四頭筋が悪い筋肉、使えないダメな筋肉だからなのでしょうか?
違います。大腿四頭筋は一つも悪くありません。
使い方が間違っているのです。
大腿四頭筋の本職は、立ち上がりで膝を伸ばすように力を出す筋肉ではないのです。
では、本当の仕事は何でしょう?
思い出してみましょう。利重力身体操作法のポイント。
・負荷(重力)受ける
・骨で支える
・筋肉の収縮力に頼らない
・体幹部の筋肉の張力で出力 これら4項目を踏まえて人の動きを
1・「筋肉」の動きではなく、「骨」の動きを見る
2・筋肉の「収縮力」ではなく「張力」で考える という視点で考える。
でした。
収縮力ではなく張力で考えてみましょう。大腿四頭筋が張力を得るには、ストレッチさせれば良いわけなので、作用と逆に動かせば良いということは、大腿四頭筋の作用は、膝関節の伸展、股関節屈曲でした。
ストレッチさせるには、その逆、膝関節の屈曲、股関節伸展ということになります。
もう一つのポイント、骨の動きを見る。 図のように、脚の骨が動けば、大腿四頭筋の張力が生まれます。
この骨の動き、人間の日常の動作では、何をしている時でしょうか?
そうです!「歩行」です。
歩く、走る際、後ろに脚が流れることで大腿四頭筋に張力が生まれます。 筋肉は伸ばされると、反射的に縮みます。大腿四頭筋も張力が得られると収縮に転じます。収縮に転じることで骨がどう動くか?
こうなります。
脚の骨の動き、張力から見ていくと歩行、走行の際の大腿、下腿部の振り出しが大腿四頭筋の本来の仕事になります。
実は、立ち上がりやジャンプなど大きな力の発揮には向いていないのです。筋肉の収縮作用にとらわれず、骨の動き、動作を主体に見ることで、本来の働きを理解することができます。
大腿四頭筋にしてみれば、本来の得意な仕事ではなく、お門違いな仕事を常に強いられているわけです。
「いやいや、これは俺の仕事じゃないんだけどな。」
などと愚痴一つこぼさず、言われるがまま健気に働き続ける大腿四頭筋。
やはり、筋肉は裏切らない。
☆駆動系と伝達系
上肢のところでお話しました筋肉の重要な働きの一つ「固定」、固定によって手に加わった力を肩甲骨に伝える作用、つまり力を伝える「伝達系」の働きがあります。
人間の身体は非常に優秀です。効率だけ考えたら、末端の筋肉は伝達系の働きのみで体幹部の出力を引き出すだけでも十分なのですが、力を伝達するだけでなく、一つ一つの筋肉が関節を可動させる「駆動系」としても働きます。
優れた可動性、これが人間の特徴である器用さの秘密です。
大脳で考え、意識的に一つ一つの関節を器用に動かすことができることで、新しい動き、運動を獲得することが可能になったのです。つまり、人間の専売特許、「スポーツを楽しむこと」ができるということなのです。
ただ、器用すぎるが故、末端部の駆動系に頼りすぎてしまい、もう一つの働き、伝達系を眠らせ、本来持っている体幹部の出力を自ら封じてしまっているのです。
大腿四頭筋の例は、駆動系に頼りすぎている代表例です。
「ちょっと待った! じゃあ、どうやって立ち上がるの?」
次回、では、立ち上がるためにはどこを使うのか??
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